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東京高等裁判所 昭和58年(ネ)2514号 判決

控訴人

平山隆司

右訴訟代理人

川上眞足

被控訴人

株式会社戸隠養魚場

右代表者

与田一憲

被控訴人

深沢多喜治

右両名訴訟代理人

太田実

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人株式会社戸隠養魚場(以下「被控訴会社」という。)は控訴人に対し、原判決添付目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)から退去してこれを明渡せ。

3  被控訴人深沢多喜治(以下「被控訴人深沢」という。)は控訴人に対し、原判決添付目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を収去して本件土地を明渡せ。

4  被控訴人らは各自、控訴人に対し昭和五四年九月二三日から本件土地明渡済みまで一か月金一万円の割合による金員を支払え。

5  訴訟費用は、第一、二審を通じ被控訴人らの負担とする。

二  被控訴人ら

主文第一項同旨の判決。

第二  当事者の主張

一  控訴人主張の請求原因

1  控訴人は昭和三八年七月一日、本件土地を含む長野市大字鶴賀字腰巻二二七〇番二宅地一四八・七六平方メートル(以下「本件宅地」という。)を買い受けてその所有権を取得した。

2  被控訴人深沢は本件土地上に本件建物を所有し、被控訴会社は同建物を飲食店として使用し、もつて本件土地を不法に占有している。

3  被控訴人らが本件土地を占有することによつて、控訴人は少くとも一か月金一万円を下らない損害を蒙つている。

4  よつて、控訴人は本件土地所有権に基づき、被控訴会社に対して本件土地の明渡しを、被控訴人深沢に対して本件建物を収去して本件土地明渡しを求めるとともに、被控訴人両名に対して各自本件訴状が被控訴会社へ送達された日の翌日である昭和五四年九月二三日から右明渡済みまで一か月金一万円の割合による金員の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める(但し、被控訴人深沢が所有するのは本件建物ではなく、本件建物を含む長野市大字鶴賀字腰巻二二七〇番地二所在、家屋番号一六二番、木造瓦葺二階建居宅、床面積一階一二六・六一平方メートル、二階三九・六六平方メートル(実測、一階一〇九・八八平方メートル、二階四二・六九平方メートル、以下「本件居宅」という。)の共有持分二分の一である。)。

3  同3は争う。

三  抗弁

1  本件居宅は、もと大蔵省の所有であつたが、大蔵省から八田豊七、小黒よしに売払がなされ(持分各二分の一)、その後小黒よしの持分が競落によつて中沢十二郎、篠沢市郎に移転した(持分各四分の一)ものであるところ、被控訴人深沢は昭和三九年五月二八日右中沢、篠沢の両各からその持分全部(持分の合計二分の一)を買受け、同年六月六日その旨の登記を経由し、これに伴つて右両名の控訴人に対する本件宅地の賃借権を譲り受けた。

2  本件居宅は、右のとおり共有の状態にあるが、従来から八田豊七(現在はその相続人八田よし)においてその西側部分(本件居宅中本件建物部分を除いた部分)を、被控訴人深沢においてその東側部分(本件建物)をそれぞれ単独で占有し、右各占有している部分をそれぞれが自由に維持、管理してきたものであるところ、被控訴会社は昭和四九年四月被控訴人深沢から本件建物を賃借した。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は認める(但し、本件居宅は登記薄上共有となつているが、事実は共有ではなく、昭和二三年五月一〇日八田豊七と小黒よしが大蔵省から売払を受けた際、これを二分し、東側半分(本件建物)を小黒よし、西側半分を八田豊七の各所有としたものであつて、登記手続の過誤から共有登記となつているものである。)。

2  抗弁2の事実は認める。

五  再抗弁

被控訴人深沢は昭和五三年七月八日控訴人の承諾を得ずに本件建物を被控訴会社に売渡し、もつて、借地権を無断で譲渡した(もつとも、右売買契約は昭和五六年五月一三日に合意解除され、被控訴会社は同日以降本件建物を被控訴人深沢から賃借して、これを占有している。)。そこで、控訴人は被控訴人深沢に対して、昭和五四年一〇月ころ電話で、同五六年六月三〇日に口頭で控訴人と被控訴人深沢間の本件土地の賃貸借契約を解除する旨の意思表示を行つた外、本件訴訟においても、原審における控訴人の昭和五六年九月二八日付準備書面において同様の意思表示を行い、右意思表示は同年一〇月二日に被控訴人深沢に到達した。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実中、解除の意思表示のあつたことは否認し(控訴人主張の準備書面では解除の意思表示は明確でない。)、その余は認める(但し、被控訴人深沢から被控訴会社への売買契約の目的物は、本件建物ではなく、本件居宅の持分二分の一である。)。

七  再々抗弁

仮に、控訴人主張の解除の意思表示が認められるとしても、本件においては以下のような事情があり、右解除権の行使は、信義則に反し権利の濫用であり、また被控訴人深沢から被控訴会社への賃借権の譲渡が控訴人との信頼関係を破壊するものではない点からいつても、許されないものである。

1  控訴人が本件宅地を取得した際、既に同土地上には本件居宅が存在していたのであるから、控訴人は借地権の負担のある底地権を取得したにすぎないものであつて、控訴人の本件宅地の取得は賃料債権の取得を目的としたものである。

2  被控訴人深沢は昭和三九年五月二八日に本件居宅の持分二分の一を取得するとともに、本件賃借権の譲渡を受けたが、控訴人は被控訴人深沢から地代を受領し、右賃借権の譲渡について黙示の承諾を与えていた。

3  本件宅地は長野市の中心的飲食街である権堂町の一角に位置し、人的要素よりも即物的要素の強い借地権の存在する地域にある。

4  ところで、被控訴人深沢から被控訴会社への本件居宅の持分二分の一及び本件宅地の賃借権の譲渡は、被控訴人深沢の経営する会社が資金繰りに窮したため、急ぎ現金が必要になつたことから右持分及び賃借権を八〇〇万円で譲渡したものである。そして、同被控訴人において控訴人の事前の承諾を得なかつたのは、自分が買受けた時と同様に事後においても控訴人が承諾してくれるものと判断していたためである。

5  被控訴人深沢と被控訴人会社は昭和五六年五月一三日前記売買契約を合意解除し、同日右売買に基づいてされていた本件居宅共有持分の移転登記の抹消登記を経由した。

八  再々抗弁に対する認否及び反論

1  再々抗弁冒頭の主張は争う。

2  同1の事実中、控訴人が本件宅地を取得した際、同土地上に本件居宅が存在していたことは認めるが、その余は否認する。控訴人は本件土地の南側に隣接する土地上で経営するパチンコ店を拡張するために本件宅地を取得したものである。

3  同2の事実は否認する。被控訴人深沢は本件建物を控訴人に無断で取得したが、同被控訴人と篠沢市郎、中沢十二郎との間で建物の所有権の帰属について争いがあつたため、控訴人は、同被控訴人に対して無断譲渡を理由として同建物の明渡しを求めても容易に解決しないと判断し、あえて無断譲渡を黙認したものである。

4  同3の事実は否認する。

5  同4の事実中、被控訴人深沢にとつて本件居宅の持分を緊急に処分し換金する必要があつたことは不知、その余は否認する。同被控訴人は長年会社を経営してきた者であり、本件居宅の持分を処分しなくとも、これを担保に供することによつて融資を受けることができることを熟知していたはずであるにもかかわらず、その努力をしていないのである。また、同被控訴人が本件建物を取得した際に、控訴人が同被控訴人への賃借権の無断譲渡を黙認したのは前記のような事情からであつて、被控訴会社への賃借権の譲渡と同一には論じられない。

6  同5の事実は認める。しかし、被控訴人深沢と被控訴会社間の合意解除は、当初、返還すべき代金も決つておらず、しかも、本件訴訟において被控訴会社が勝訴判決を得、これが確定した場合には合意解除の効力は消滅するとの約定があるもので、到底被控訴人らの背信性を払拭しうるものではない。

7  被控訴人らには次のとおり控訴人との信頼関係を破壊する事実がある。

(一) 被控訴人らはしばしば賃料の支払を怠つた。すなわち、被控訴人深沢は昭和四五年六月に支払うべき同四四年七月から同四五年六月までの賃料一万五〇〇〇円を同年一二月に、同四六年六月末日に支払うべき同四五年七月から同四六年六月までの賃料一万五〇〇〇円を同年一二月一〇日に、同四七年六月末日に支払うべき同四六年七月から同四七年六月までの賃料及び同年七月から同四八年四月までの毎月末日に支払うべき賃料(一か月二五〇〇円の割合)を同年二月一三日にそれぞれ遅れて支払い、以後同五三年四月分までは約定どおり支払つたものの、同年五月分の賃料七〇〇〇円の内二〇〇〇円を支払つたのみで以後その支払をせず、また被控訴会社も、同年七月から賃料が一か月一万円と改定されたにもかかわらず、同月から同五四年三月分まで支払をせず、同年四月に至つて、半額の一か月五〇〇〇円の割合による九か月分四万五〇〇〇円を供託し、同五五年六月から一か月一万円の割合による金額を供託するに至つた。

(二) 被控訴人深沢は、本件土地を住宅所有目的で賃借しながら、控訴人に無断で本件建物の一階部分を店舗に改造したうえ、被控訴会社に賃貸して飲食店を営業させ、被控訴会社は本件建物の控訴人従業員宿舎に密接する部分に焼鳥を焼く煙を排出するための換気扇を設置して控訴人従業員に熱気と異臭による不快感を与えた。

第三  証拠関係〈省略〉

理由

一控訴人が昭和三八年七月一日本件土地を含む本件宅地を売買によつて取得したこと、被控訴会社が本件宅地上に存在する本件居宅の内本件建物を占有していることは、いずれも当事者間に争いがない。

二登記簿上、本件居宅はもと大蔵省の所有であつたが、大蔵省から八田豊七、小黒よしに売払がなされ、その後小黒よしの持分(二分の一)が競落によつて中沢十二郎、篠沢市郎に移転し(持分各四分の一)、被控訴人深沢は昭和三九年五月二八日右中沢、篠沢の両名からその持分全部(持分の合計二分の一)を買受けて取得したこととなつていることは当事者間に争いがない。

控訴人は、本件居宅は登記簿上共有となつているが、真実は共有ではなく、八田豊七と小黒よしが大蔵省から売払を受けた際、これを二分し東側半分(本件建物)を小黒よし、西側半分を八田豊七の各所有としたものであつて、被控訴人深沢において本件建物を所有するものであると主張する。しかしながら、原審証人八田よしの証言によれば、八田豊七、小黒よしは本件居宅に居住していたために大蔵省から同居宅の売払を受けたこと、右両名は当初居住している部分についてのみを各別に売払を受けるつもりでいたが、税務署の勧めもあつて共有とすることとし、登記簿上も共有名義としたこと、その後右両名間もしくはその各承継人との間で、本件居宅を各占有部分に分割して単独所有とする話が出たことはないことが認められ、被控訴人深沢が中沢十二郎、篠沢市郎から取得したのは本件建物ではなく、本件居宅の持分二分の一であるというべきである。

三抗弁事実並びに被控訴会社が被控訴人深沢から昭和五三年七月八日売買により本件建物に関する権利及び借地権を取得したこと、右借地権の譲渡については控訴人の承諾を得ていないことは当事者間に争いがない。そして、被控訴会社は被控訴人深沢から本件居宅の共有持分を取得したものであることは前記認定のとおりであり、〈証拠〉によれば、本件居宅の敷地である本件宅地の賃料は、当初八田豊七、小黒よしが共同で地主である本件宅地の所有者に支払つてきたが、被控訴人深沢が本件居宅の共有者になつた後には、八田豊七(同人死亡後はその相続人八田よし)と同被控訴人とは各別にこれを支払うようになり、また少くとも昭和四九年七月分以降は本件宅地の西側部分を占有している八田と東側部分を占有している被控訴人深沢とでは各別に賃料が定められ、その額も異なつていることが認められ、右事実からすれば、少くとも昭和四九年七月以降は被控訴人深沢において本件土地を、八田豊七において本件宅地中本件土地部分を除いた部分を各別に控訴人から賃借していると推認するのが相当であり、従つて、被控訴会社が取得した賃借権も本件土地をその目的とするものということになる。

四そこで控訴人主張の解除の意思表示について判断する。

原審における控訴本人尋問(第二回)において控訴人は、被控訴人深沢が昭和五六年六月三〇日に地代を持参したが、同被控訴人には本件土地を賃貸する訳にはいかないとしてその受領を拒絶した旨供述し、〈証拠〉によれば、被控訴人深沢は右受領拒絶を理由として賃料を供託していることが認められ、右によれば、控訴人は遅くとも昭和五六年六月三〇日までには本件土地賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたものと推認するのが相当である。

五次に、被控訴人ら主張の再々抗弁について判断する。

1  本件居宅はこれに居住していた八田豊七、小黒よしが大蔵省から売払を受けたものであることは前記認定のとおりであるところ、〈証拠〉を総合すると、本件居宅はいわゆる棟割り長屋であつて、その内部は建物中央の壁によつて東西にほぼ同一面積の部分に区画されていたことから、実際には東側半分(本件建物部分)を小黒よしが、西側半分を八田豊七が占有し、その居住の用に供するとともに、その権利の変動は最終的には共有持分の譲渡という形で行われていたが、現実に右両名が占有、使用していた部分はその占有者において単独で管理し、その占有権も独立して譲渡されていたこと、そして、昭和三八年五月二八日に被控訴人深沢が中沢十二郎、篠沢市郎から本件居宅の二分の一の共有持分を取得した際にもその東側半分(本件建物部分)の使用、占有権限を取得したこと、被控訴人深沢は昭和四九年四月一日に被控訴会社に対して本件居宅の内自己が占有、管理している本件建物部分を賃貸し、被控訴会社は右賃借部分を改造したうえ、以来今日に至るまで同建物において岩魚の提供を主体とした飲食店を営んでいることが認められる。

2  〈証拠〉によると、本件居宅は国鉄長野駅から北方へ約一四〇〇メートル、長野市中央通りから東方へ二〇〇メートル、従来長野市随一の商店街であつた権堂町通りの至近に位置し、付近には飲食店も多く、八メートル幅の歓楽街の道路から入る幅三メートルの舗装道路に面しており、本件宅地は昭和四七年四月の時点では都市計画法上商業地域に指定されていること、本件居宅はかつて東側半分をアルバイト芸者組合が使用していたことがあり、西側半分は食肉小売業の店舗として使用されていたことがあること、控訴人自身も本件宅地に隣接してパチンコ店を経営していることが認められる。

3  〈証拠〉によれば、被控訴人深沢が代表取締役をしている長野鉄化石工業株式会社は昭和五一年一一月にその取引先の手塚興産株式会社の倒産に伴つて経営危機に陥り、早急に現金が入用となり、同被控訴人の個人資産もすべて処分する必要が生じたこと、そこで同被控訴人は本件居宅の共有持分を処分することとし、本件建物部分を賃借しこれを使用している被控訴会社へ右共有持分の買取り方を懇願したところ、昭和五三年七月八日八〇〇万円で被控訴会社がこれを(本件土地の賃借権とともに)買い受け、同年八月二四日にその旨の登記が経由されたこと、その後被控訴人深沢の資金状態もある程度好転し、また控訴人から本件訴訟が提起されたこともあつて、被控訴人両名は昭和五六年一月二五日右共有持分の売買契約を合意解除し、両者間での清算も終了し、同年五月一三日にはその旨の登記も経由されたことが認められる。

4  〈証拠〉によると、被控訴人深沢が中沢十二郎及び篠沢市郎から本件居宅の共有持分及び本件宅地に関する借地権の譲渡を受けた際、土地の賃貸人である控訴人の事前の承諾を得ていないが、控訴人としては当時同被控訴人と中沢、篠沢との間に本件居宅をめぐつて争いがあつたことから、同被控訴人に対して借地権の無断譲渡について何ら苦情等を申し入れておらず、同被控訴人の支払う地代を受領し、結果的には右譲渡を承諾したこと、このような経緯から被控訴人深沢は本件土地の賃借権を被控訴会社に譲渡するにあたつても控訴人の承諾を必要とすることについて明確な認識を有しなかつたことが認められ、また〈証拠〉によれば、被控訴会社が被控訴人深沢から本件居宅の共有持分及び本件借地権を買い受けるにあたつて、同会社の担当者である綿内信夫は地主との関係について司法書士に相談したところ、司法書士から地主に対しては特に何もしなくてもよいとの回答を得たため、後日被控訴人深沢と共に挨拶に行けばよいと考え、被控訴会社としても事前に右借地権の譲渡について控訴人の承諾を得る手続をとらなかつたことが認められる。

5  〈証拠〉によると、本件土地の地代は昭和四四年七月から同四七年六月までは年間一万五〇〇〇円であつたが、同年七月からは一か月二五〇〇円、同四九年七月からは一か月五〇〇〇円、同五一年七月からは一か月七〇〇〇円、同五三年七月からは一か月一万円と順次増額されたこと、この間被控訴人深沢からは控訴人へ地代の支払として一年に一度といつた割合で一年分等のある程度まとまつた金額が送られて来ていたが、その送金はしばしば遅れ、昭和四四年七月から同四五年六月までの分が同年一二月に、同年六月から同四六年五月までの分が同年一二月一〇日に、同年七月から同四七年六月までの分が同四八年二月一三日にそれぞれ送金されて来たこと、しかも同被控訴人から送金されて来る金額は、送金時までの地代に不足することも、滞納地代以上のこともあり、滞納額以上が送金されて来たときにはその差額を控訴人において預つていたことが認められる。

6  〈証拠〉によると、昭和四九年四月本件建物を被控訴人深沢から賃借した被控訴会社は同建物で飲食店を始めるべく直ちに同建物の改造に着手し、庇を南側へ一、二尺出そうとしたところ、長野市から建築基準法上適合しないとの理由で取りこわすよう指摘されて取りこわし、結局内部改装にとどめたこと、また被控訴会社は右改装の際、本件宅地に隣接して建設されている控訴人経営のパチンコ店の従業員の宿舎に面した部分に換気扇を設置し、そこから被控訴会社経営の飲食店で客に提供する焼鳥を焼く煙を排出させていたが、開店後間もなく焼鳥の提供をやめたため、以後右のような煙の排出もなくなつたことが認められる。

以上の事実に基づき、被控訴人深沢から被控訴会社への本件借地権の譲渡が、控訴人と被控訴人深沢との信頼関係を破壊するに至るものであるかについて検討する。

本件土地は長野市の中心街に位置し、付近は飲食店が多く、歓楽街であること、被控訴人深沢は本件居宅の持分を、従来から本件建物を賃貸している被控訴会社へ譲渡したものであつて、右譲渡によつて本件建物及び本件土地の利用形態に全く変化がないこと、そもそも控訴人が本件宅地を取得した時点において既に同土地上には本件居宅が存在し、控訴人の右土地取得の目的はともかくとして、控訴人の同土地に対する権利は事実上制約され、経済的には賃料債権を取得したにすぎないこと、被控訴人深沢から被控訴会社への本件居宅の持分及び借地権の譲渡はもつぱら被控訴人深沢の経済的事情によつて行われたものであること、しかも被控訴人深沢が中沢、篠沢から控訴人に無断で借地権を譲り受けた際に控訴人はこれを特に問題とせず、結局これを承諾していること及び被控訴人両名の間で賃料の支払能力に特段の差があるとは窺われないことからすれば、本件借地権の譲渡(それがのちに解消されたことは前記のとおりである。)が前記信頼関係を破壊するには至つていないというべきである。

なるほど、控訴人主張のように被控訴人深沢はしばしば賃料の支払が遅れてはいたが、これまで控訴人においても右支払の遅延を理由に強い態度に出ておらず、むしろ前記認定の程度の支払の遅延はこれを容認していたと見られてもやむをえない態度であつたというべきであり、また被控訴会社による本件建物の改装も前記のような本件土地の立地条件、換気扇からの煙の排出期間が短期間であつたことからすれば、これらを加味してもなお信頼関係は破壊されていないというのが相当である。

従つて、控訴人の解除権の行使は許されないというべきである。

六よつて、控訴人のその余の主張を判断するまでもなく、控訴人の本訴請求は理由がなく、これを棄却した原判決は相当で、本件控訴は理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法九五条、八九条を適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官鈴木重信 裁判官加茂紀久男 裁判官片桐春一)

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